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2005/05/07

トラウマ漫画/火の鳥

50507
 初めて手塚治虫の火の鳥を読んだのは小学校2年生の時。私は事故で足にケガをして、1か月ほど自宅療養しなくてはいけず、なにしろヒマだった。
 手塚漫画との出会いは早く、手塚好きだった母の影響で字が読めるようになるのと同時に(母が自分のために買って所有していた)アトムを読んで、幼稚園でおえかきの時間にアトムの絵を描いたのを覚えている。そのぐらい手塚漫画へのなじみはあったのだ。だから手にとって、そして読んでしまった。
 読んでいる時はよかった。小学生なりに描かれていることを理解し、楽しんだ。が、理解したが故に、今に至る恐怖が私の思考の根っこに住み着くことになった。その一つが永遠、もう一つが無限。どちらも「火の鳥」の根底にあるテーマ、時間と宇宙と限りある命との関係性だと私は解釈している。
 さらに言うなら、私の母方の実家は結構な田舎で、当時は夜空に天の川を見ることができるほどの闇が残っていた。夏休みごとにそこへ遊びにいっていたのだが、そこで夜空を見る度に私は無限を感じ、昼は昼で、一夏だけの時間を生きる生き物と、対比的に時間が止まってしまったような山林の自然を体験した。そこで深く深く、ココロに刻まれたのが「火の鳥」の世界、永遠と無限、そして私自身の(おそらく)有限の命と小ささだった。
 今、哲学を学び、宗教学を探るわたしの中には、幼い日に感じた恐怖と知への好奇心がある。そして、古代より続く学問の道筋のひとつが、私と同じ思いを持った人々のあがいた道だったのだろうと思えるようになってきた。さらに言うなら、この道に足を踏み入れてしまったがために、私は死ぬまでこの恐怖と思索による幸福な時間を過ごすことになってしまったらしい。
 その発端が、まあ「火の鳥」。かっこわりぃですかね。まあ、ホントなのでしようがないです。

 今日は突然シリアス展開。すいません。
 あ、最後に。個人的に宗教は持たないことにしてますので、これ読んで「救済」だの「恵み」だの言って宗教やその他サークルには誘わないで下さい。拒絶しますので。念のため。
 さらに念のため、宗教を持つ人を否定しているわけではありません。宗教がいろんな場面で「信仰する個人」の支えになること自体はそう思いますし、すばらしいことだとも感じていますから。ぺこり。

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