カテゴリー「心と体」の記事

2006/08/24

生と死 その3

 お盆が終わりまして。地獄の釜も通常営業に戻ったことでしょう。

 お盆といえば亡くなった祖先の霊を家にお迎えして、そして帰っていくのを見送る行事。私の出身地ではお墓にお迎えに行くときは、お墓に行きお墓を清め、線香や花をあげたり、大きな家では灯籠を立てたりし、そこで白樺の皮を焚いて帰宅する。白樺の煙が霊魂の道しるべを作るのだという。家へ帰るときは人をおぶう格好(両手を後ろで組む)をするのがしきたりだ。そして何故かはわからないけれど、墓から玄関にたどりつくまで口をきいてはいけないと言われていた。田舎なので人とすれ違えば8割方知りあい。普段なら立ち話でも始まりそうな親しい人たちと行き合っても、軽く会釈するだけで家へと急ぐ。そして玄関でおぶっていた「先祖の霊」を降ろしたら「お迎えの行事」はおしまい。

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2006/08/18

生と死 その2

 中学・高校時代、私は父親が嫌いだった。
 それはきっと、10代のオンナノコにありがちな事だったと思うけれど、私の心が少し、他の元オンナノコ達よりそのことに後悔を感じているとすれば、父はそれから間も無く死んでしまった事によるものかもしれない。
 父は55歳で逝った。

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2006/08/13

生と死 その1

 今回のBLOOD+で色々なキーワードが出て来たので、普段私がどんなコト考えながらどんなコトしてるのか、みたいな話をしてみたいと思います。
 重い話がニガテな方はスルーしてくださいね。

 BLOOD+44話に出て来たシチュエーション、カルマンが見たイレーヌの影。それを見て彼は「生きている意味はわからないのに死ぬのが怖い」と感じていた心の悩みから一歩踏み出したワケですね。誰かの心の中にあれば、覚えていてもらえればその間は本当の死ではないのだ、という事です。

 一時期話題になった書籍「ソフィーの世界」では、こうして「現実世界」に生まれ、成長し、死んでいく存在と、「虚構の世界」もしくは「過去の存在」でしかないけれど、永遠に近い輝く生命を得るということとの比較を、哲学の歴史を見ながら「生きるという事」はどういう事なのか、という、おそらく私達がまず、絶対に手に入れる事の無い真実への鍵のひとつを見せてくれます。

 続きは↓を。ちょっと文体も変えて、いつもとは違う感じで。

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2005/06/01

プライバシー保護とコトバの力/ある生保会社の例

 ◆いつもとは違うスタンスでの記事になります。◆
 ◆メンヘル、ウツなどにご理解のない方、普段なじみのない方には不可解な文章かもしれません。◆
 以上のことをご理解の上、ちょっと一緒に考えてみていただきたいことがあります。

 この夏、保険が満期になるということで、某有名保険会社の営業の方(セールスレディとかいうの?)が頻繁に自宅に訪れるようになりました。満期前の保険の乗り換えをかなり薦められ、その気がないという旨告げても週に1〜2回は自宅へ来るようになっていました。
 私はこのページのトップやプロフでも書いていますが、ウツで通院、投薬しています。ウツの波をサーフィン、というのは比喩でもなんでもなく、本当にそのように生きているのです。ウツのため、人に会うのが辛い時もあります。「今日は都合が悪い」と言って帰ってもらおうとしても、「ではいつならいいんですか?」とこちらの予定まで聞いてくるような感じです。顔つなぎということもあるのでしょうが、実際会ってみて話しても特にどうということもなく、雑談してキャラクター絵柄のポケットティッシュを置いて帰っていきます。大学に通っているということもその中で話しましたが、「何の勉強をしているのか?」と聞かれたことは2度3度ではありません。「ああ、この人たち(たいてい2人組で来ていた)は聞いていても聞いていないんだ。」と思ったため、最近、その話をふられると、「まあ、色々ですよ」と、言葉を濁しておくことにしました。「美術と哲学を専攻しています」と答えても、理解してもらえないし、覚えていてさえもらえないことがわかったからです。

 さて、そして最近、とうとう保険を更新することになりました。で、保険に加入されたことのある方ならご存じだと思いますが、加入時には普通、医師の審査や、面接師さんとの面談があります。私の場合、自宅に面接師さんに来ていただいて、現在の健康状態などを告げました。それはまあ、仕方のないことだし、プロの方に嘘ついてもしょうがないし、面接の内容は絶対に口外しないということで、正直にウツとPD、不眠などで通院、投薬をしていることをお話しました。
 その時、営業の人は立ち会えない(立場上、面接師さんとの会話の内容を知ってはいけない)とのことで、玄関の外で待っていました。
 面接師の方はさすがプロというか、こちらが不安にならないようにふるまって下さいました。病状も詳しくお話してその内容を用紙に記入するため、結構時間がかかりました。
 その後、玄関前で待っていた営業の方は、私に
「ずいぶん時間、かかりましたね」
 と言いました。当然、病気などの問題がなければ、ナシに丸書いて署名するだけですから時間がかかることはないでしょう。何気ない言葉だったのかもしれませんが、私は不愉快に感じました。が、本当に辛くなったのはこの後です。

 数日後、電話がなりました。保険の営業の方からでした。
「先日の保険の件でおうかがいしたいんですが、今、通院されているんですか?よければ内容を教えて下さい」
 この時点でおかしいです。通院していることをこの営業の人が知っていること、内容を私に聞くこと。しかし、私は不可解および不愉快に思ったものの、必要ならば仕方ない、と思い、不眠などの症状があり、投薬中であることを、簡単にですがその方に告げました。その答えは
「勉強のしすぎなんじゃあないですか?」

 不眠やウツが、どんなに本人にとって辛いことか、なぜそれを治すために通院し、薬を服用しはじめるときのあの副作用による辛さに耐え、それを続けてきているのか、まったく考えてもいないのは明白です。私はこの病気のことを、本当に信頼できる少数の友人にしか話していません。それは、辛さや病気のことについて理解してもらえない人に話してまわるのは私に取って不利益にしかならないことを知っているからです。心ない一言が、せっかく回復しつつある病状を、ぐーっと後戻りさせるマイナスの作用を持っていることも、残念ないくつかの経験から知っているからです。

 人生をサポート?そのお手伝いをささていただきます?こんな人たちが?

 会社自体のシステムに問題があることはもちろんです。私の病気が原因で保険の審査に通らなかった場合のみ、営業の人はその結果だけを知ればいいハズです。しかもその内容をその営業が知ったところでなんの役にたつのでしょう。なぜ本社の審査の部署は、私の面接の内容の一部を営業の担当支部に知らせなくてはならなかったのでしょうか。

 私は、かなり悩んだ末、思いきって保険会社の本社へ電話をしました。
  「審査の部署に伝達する」
  「プライバシー保護を更に強化するようにする」
  「営業担当者と支部には特に注意を促す」
 というようなお返事でした。最後に、この内容は口外しない、ということで私の名前と生年月日を聞いてきました。
 その夜、帰宅した飼い主と相談の上、保険の解約、もう2度とその会社からの私への接触を断りたい、ということを話し合い、その件、飼い主から本社へ連絡してもらうことにしました。

 翌日、幸い授業の無かったわたしは前日のことでかなり落ち込んでいたので、自宅で丸くなっていました。数回の電話にも出ず、インターホンにも応答しませんでした。
 夜、(これはウツ症状を持つ人にならわかっていただけるかもしれません)人目がとだえたころ、とりあえずポストを確認しにいきました。そこには、保険会社の支店長の方の名刺と、タオルが入っていて、「今回はすみませんでした。明日またうかがいます」というメモが入っていました。
 さて、ここでも問題です。彼はどうして昨日のことを知ったのでしょう。私がクレームの電話をしたことは、「私である」ということは伏せてもらえる、ということで私は電話で担当者の方とお話をしたはずです。まあ、本日これこれこういうクレームがあった、ということを知らされれば、内容から憶測するのは無理ではないとも思いますが、これもなんだかプライバシー保護、プライバシー保護と連呼していた本社担当者の方のお話と矛盾すると思われます。

 私の飼い主が「もう御社の営業とは顔も合わせたくない」と私が言っていると電話してくれたせいか、それまでうるさいほどだった訪問も電話もぴたりとやみました。あとは解約の手続きをするだけです。
 しかし、最近そこそこ波のたたなかったウツ症状がまたやってきたのは事実です。これが傷害など、目に見えるものだったら大事件ですが、ココロの問題なので、私はこうやって文章にして吐き出すくらいしかできません。本当の気持ちとしては、解約してその人の営業成績が一件減るだけでは落ち着かないんですけど、しょうがありません。
 この、名前は今はあえて出しませんが、日本屈指の大企業、おそらく誰でも知っている保険会社でさえ、このていたらくなのです。あまりにも、なさけない気持ちになってしまったため、ここで吐き出させてもらうことにしました。

 ここまで読んでくれた人、本当にありがとう。
 そして、もし、なにかあなたの心に残るものがあれば、そしていつか、何かの時にそれが役立つことがあれば、本当にうれしいです。
 悩んだのですが、この記事へのコメントは受け付けます。両刃の剣だということはわかっていますけど。ただし、今回に限り、予告なくコメントを削除させていただくことがあることをお許し下さい。

 いつもここへ訪問してくださっている方にはうっとおしい文章だったと思います。ゴメンなさい。でも、きっと明日にはいつもどおりのバカな文章でお会いできると思います。改めて、今後ともよろしくおねがいします。
 ★洗濯する猫★

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2005/04/16

私が精神科へ行ったわけ

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 大学へ行きはじめた頃だったと思うから、もう3年も前になる。その最初の最初。
 イナカから東京へ出てきた私は地下鉄が苦手だった。もともと乗り物に乗るのは好きじゃなかったけど、ことにある時期から地下鉄や電車、車に乗るのが苦痛でしかたがなくなった。ひどいときは途中でおりて気を落ち着けて、もう一度地下鉄に乗り直す、ということを繰り返さなくては目的地へつくことができなかった。手足から血の気がひいて、冷たくなっているのが自分でもわかった。でも、首都圏で暮らしていくには電車も地下鉄も乗らなくては何もできなかったから、がまんしていた。そのうち、映画館や劇場といった閉鎖空間にもいられなくなっていた。
 同時に田舎とは違った人間付き合いのめんどうくささにストレスを感じていた。ここらあたりまで詳しくかけるほど、まだ私はこのココロの病気から自由になれていないのではぶくけれども、とにかく私のココロは疲れきっていた。家に帰って、誰もいない部屋で泣き続けたりしていた。きっかけは本当になんでもないことでも、一晩中ぽろぽろ泣いたり、部屋から一歩も出られない日が続いたかと思うと、部屋にいるのが恐くて図書館や学校がしまるまでそこにい続けたりもした。
 どんどん、私は壊れていった。
 そんなある日、飼い主が言った。
「それ、病気だから。病院行った方がいいよ。」
 飼い主は病院を探して、予約を入れて、さらに初診の日は病院までつきそってきてくれた。お医者の先生は、私の症状を聞いて、一冊のパンフレットを渡してくれ、読むように言った。そこには私が経験してきたコトが、色々と書かれていた。
「このなかに、思い当たること、あるかなあ?ね、これね、病気なの。今、いい薬あるから、ちゃんと治るのよ」
 わたしは、先生の前で泣いていた。嬉しくて。それまで私は自分が壊れていくのがわかりながら、自分の弱さがいけないのであって、もしかしたら都会で生きていくには田舎者すぎて、だからこんなに辛い生活をしているんだと思い込んでいたから。
 今の私は、まだまだたぶん、人並みな生活とは言えないまでも、かなり自由に行動できるようになってきている。通院はまだまだ必要だけど、最初週1回だったのが、今では月に一回ほどでよくなってきている。今はウツ期だという自覚があるけど、そういう自覚があるだけマシだと思えるようにもなってきている。やりすごすのは、そのときによってうまくいったりいかなかったりだけど、ともかくウツがすぎれば多少は普通に生きられるというのが見えている分、ずいぶんと楽になっている。こんな私の病気のことを知っても支えてくれる友人たちも、少しながらいる。
 飼い主と、お医者の先生と、そして友達。みんなに感謝しつつ、そんでもウツなわたしは今日はベッドでまるまって寝るのだ。ぐるぐるぐる。
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2005/04/13

クスリの効能

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 昨日あたりからウツに突入の模様。ちょうど外出の予定もないし、雨は降るし寒いし、家にいられる身分をありがたく思いつつだらだら。
 昨夜は久々に不眠もかさなって辛かったんだけど、こないだお医者で出してもらったお薬を飲んでみることにする。普段はかるーい(医者談)睡眠導入薬だけなんだけ飲んでいるんだけど、この新しくもらった薬の効くこと効くこと。途中で目覚めることなく、きちんと朝まで寝ていられました。あらためて、クスリってすごいと感心。ありがとうお薬。ありがとうお医者のセンセイ。これからもがんばって通院します。
 今日のラクガキは見ての通り、ホントにラクガキ。これから数日はこんな感じのが続く予感。

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2005/04/03

犬の幽霊(オカルトじゃないよ)

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 実家で飼っていた犬が死んだ。メスのハスキー犬でもう15歳近くになるおばあちゃん犬。ことに夏が蒸し暑くなる日本ではかなり長生きの部類にはいったはずだ。死ぬ直前には、薬なしでは皮膚のあちこちにできものが出来たり、化膿したりで犬も、それの面倒をみていた母もずいぶん苦労したようだ。歩くのさえおぼつかなくなった大型犬は散歩させるのも大仕事で、犬がいなくなってすぐは、母も「これで苦労がなくなった」と強がる余裕をみせてもいた。
 しかし、それから数週間。そこかしこの片づけもすみ、犬のいない日常が戻ってきた母が、いきなり電話口で泣いた。「犬の幽霊が見える」というのだ。幽霊と言うものが存在するのなら、まさしくあれだろう、と。犬が出かける時乗せていた車のドアをあけると、そこに半透明の犬が見えるのだという。そして母を見上げているのだという。
 それが年老いた母が10年以上も世話をみてきた犬を失った悲しさが見せる幻影だと片付けるのは簡単だ。ひとごとのように、「気を紛らわせるなにかしてみたら?」というのも。でもなにもかもが気休めでしかないこともわかっている。そして、それらをすべて分かった上で、それでも母をなんとかしてあげたいと思う私がここにいる。実家を離れて暮らす私が、なにかしてあげられることがあればいいのだけれど。
 死を悼む気持ちと自分を死の恐怖から逃がす努力が合体したものが原始宗教の一端であろうというのは持論ですが、身近な例だとなかなかドライに割り切れないものがあります。
 今日も内容とは関係ないけどラクガキあげます。亡き愛犬のイラストを、とも思ったのですが、描きながらつらくなったので、いずれまた、気が向いた別の機会に描くことにします。

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2005/03/03

ウツ期突入

来期の学費を納入しなくてはいけなかったので郵便局へ。
あるいて行ける距離なので助かってるけど、ウツに入ると
気力はそんなことでも使い果たしてしまう。
あきらめて、ベッドでまるまることにする。

ここの更新は単なる意地で。

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2005/03/02

長い日

ちっとも時間がすすまない。
ダメな日。

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2005/03/01

猫っぽくなる

なんかうずうずして落ち着かなくて、天気は良くて
外出する用事があるはずなのに外へ出たくない。
出られない。かといって家にいても落ち着かない。
ならばと、お風呂に入ろうとしてもなんとなく入れない。
これはもう、ウツな周期に突入しそうな感じ。
当分猫な私になりそう。
こういう時は下り坂の天気予報が安心したりする。
 

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