カテゴリー「思い出」の記事

2006/02/23

美容院

 朝起きたらなんだかちょっぴりいつもより元気だったので
「よし!髪の毛を切りに行くぞ!」
 と、思い立ったのです。
というのも、私もともとツメが弱くて、すぐ欠けてしまうのですが、先日、ぱっくりざっくりかなり真ん中からツメが割れてしまい(イタタタタタ)、そこに髪の毛がひっかかって上手にシャンプーできなくって困っていて、それならばプロにシャンプーしてもらえばついでだもんね♪ということですよ。

 元々、美容院って苦手なんですよ。(ここから回想モード)
最近はそうでもないけど、美容師さんってカットしながら雑談したりしますよねー。で、まずアレがヤだったの。
biyouinn
ケース1)
 高校生だった頃、ほぼ腰まであった髪をそろえてもらいに行った時、美容師さんが、
「毛先はまっすぐにしますか?それとも丸く揃えますか?」
って聞くから、(ホントはどーでもよかった)
「んー、じゃあ、丸く揃えて下さい」
と答えたら、カットしながら
「でもねー、あなたぐらい長さあると、毛先はまっすぐにしておいたほうがキレイに見えるのよー」
 っていいやがりましたのですよ。・・・選択肢を提示したのはあなたでそれに答えたのは確かに私だが、なんか順番が違くないか?

ケース2)
 そして別の日。またまたそんなロングヘアの私。カットしてもらいながらの雑談。あまりお話したくないので私はすっかり生返事。
「普段の手入れは○○してる?」
「はい、そーですね」
「シャンプーのとき、××してる?」
「はあ、そうですね」
「じゃあ、トリートメントは、地肌にすりこむようにしてる?」
「ええ、そうですね」
 多くの皆さんがお気付きのように、ここで私はひっかかってしまったんですね。この美容師さんのワナに。
「それじゃダメなんだなー(満足気)。トリートメントは毛先から・・・(延々と説明)」
★ただ、しばらくして同じ美容室に行った時、たまたま同じ美容師さんだったんですが、このヒッカケを誰にでもやるらしく、同じ会話の流れになったので、2度目は回避できました。

 で、今日なんですけどー(ここから日記)

 いつもは私、大抵、
「美容師さんが私に似合うと思う髪型にしてください。文句は言いません」
 といいます。その時、雑誌持ってきたりしないで、即座に
「わかりました」
 と言って取りかかってくれる人で、しかも手を抜かずにやってくれる人が好きなので、そういうプロな方を見つけると、しばらくそこが私の行きつけの店になります。が、今日は気まぐれをおこしてちょっと注文をしてみる事にしました。
 「後ろはこのぐらいまでカットして、で、サイドは耳から前はこのぐらいの長さで・・・」
一生懸命説明する私。
 が、美容師さん、説明を聞きながら、私の髪の毛をひっぱったりながめたりして、ためらいがちに一言。
「えーとー。そうすると、かなりその、個性的な髪型?に、なっちゃいますけど…」
 うーん、やっぱ慣れない事はするもんじゃないですw。
結局美容師さんの意見も取り入れつつ、私の「ここだけは譲れない〜!」ってトコだけは入れてもらって、カット終了。
 満足満足。

天気もよかったし、駅に近い美容室だったので
「ちょっくらこのまま都内まで買い物にでも出かけるかー」
と、時間を確認しようと携帯を見たら
「○○駅で事故のため列車の運行を一時見合わせています」
というメールが届いていました。便利なサービスですね♪・・・じゃなくってー。

 まあ、しょうがないのでそのまま家に帰りました。
せっかくキレイにブローしてもらったのにな。
ちぇ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/07/30

夏休み

suika
 夏休み。
 私が小学生のときの夏休みといえば、父母それぞれのイナカ(ホントに田舎)を訪ねるというのが恒例だった。特に母方は年の近いイトコが何人も集まるので、とても楽しかった。母と、母の姉がオンナノコ用にそろい柄のワンピースやシャツを作ってくれて、それが夏の間の遊び着になった。
 不満だったのは、夏休みが世間様と違って、お盆が終わると休みも終わる事だった。イトコたちは県外から来ていたので、夏休みは8月末まで。私たちは送り盆が過ぎるともう学校。まあ、実はそれには理由があって、田舎であった私の周囲では、春と秋に1週間くらいずつの農繁休暇(子供は田植え休み、稲刈り休みといっていた…今では中間休みという妙な名前になっている)があり、更に旧暦の正月、節分の頃には寒中休みというお休みが、これまた1週間ほどあったためなんだけど。テレビの全国向けニュースなんかで、「夏休みも今日で終わりですね」なんて言ってる頃にはもう普通に学校に通っていたのである。
 先日試験が終わったので、私、今年はホントに長い夏休みに入る。なぜか8月上旬に「授業」があるのは、きっと気のせいだ。うん。
 ラクガキは田舎での夏休みを思い出しつつ。ホントはもっとでっかい絵だったんだけど、スキャナの面よりでかくて入りきらなかったので、部分です。今年、ウナギは食べたけど、そういやスイカ、食べてないなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/11

文化祭の思い出

 私が通っていた高校、文化祭は本当に本当に、生徒に愛されていた行事だった。

続きを読む "文化祭の思い出"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/06/25

暑い夏と図書館の思い出

summer1
 暑いのはニガテです。割と涼しい場所で生まれ育ったので、体が寒冷地仕様に出来てしまっているようです。今は関東に住んでいる私ですが、こっちに出てきて初めての夏、温度&湿度で文字どおり死にそうになりました。一日に何度もシャワーをあびないとベタベタしている気がして、「やっぱ山ン中の田舎モンには、都会は住みづらいとこだぁ」と、泣きが入りました。実は涼しさを求めて冷房が効いていて長居できる所、ということでパチンコを覚えたのもこの時でした。(でも、中に居る間はいいんだけど、ホールを出た後にはタバコのヤニで更にベタベタ感倍増になってしまう、ということになりましたが。)
 今日もあまりの暑さに開館と同時に近くの図書館へ避難。家でやっても良いレポートを図書館でやり、さらに出来上がっていた課題を白紙に戻して図書館の資料を使って描き直したり。しかしこの図書館、開放的なのを目指しているんだろうけど、閲覧室とビデオ視聴機器が隣り合わせにあって、しかもその間にドアが無い作り。子供がウルサイウルサイ。下手をするとオコサマたちは閲覧室まで走り込んでくるというありさま。親はもちろん、図書館員さんもよほどでないと注意しないので、混雑してくるとイライラしたりする始末。よって、今日もあまり長居できませんでした。とほほーん。
 図書館って、私が子供の頃は走り回るなんてもってのほか、オシャベリだってちょっと声が高くなると司書さんに睨まれたりしたような気がするのですが、今はみんなどこもこんななんですかね?

 昔、小学校1年生の頃、初めて行ったイナカの図書館。夏でも薄暗くて、冷房なんか入れなくてもひんやりして静かな空気がすこしほこりっぽいニオイをさせていた。狭い部屋に書棚がぎっしりと並んでいて、カウンターには無愛想な司書さんがひとり。それでも自分のカードを作ってもらって自分で本を借りるという作業は、少し大人になったようでとても嬉しかったのを覚えている。星の王子様、ぽっぺん先生シリーズなど、今も大好きな本を読んだのはその頃のこと。
 引き出しにぎっしりつまった手書きの書名カード、手が届かないほど高い書棚に並んだ本の中には、きっと自分が知りたい全ての事がつまっているんだと思えたあの頃。私の図書館のイメージにはあの、小さな緊張感とワクワク感がいつも伴っている。

 ラクガキは本とは関係なく、暑い=海だ! という短絡的思考の元に描きました。
でも、私は海もあんまり好きじゃないです。潮風が肌にベタベタする気がして。これまた山育ちのためなので、海辺にお暮らしの方、すいません。悪気はないのよ。あ、舞浜にあるウソんこの海は大丈夫。んでも、あそこも風向きによってはベタベタ&髪の毛バサバサになって帰宅後即風呂、ということになりますが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/05/25

いきものだいすき

 なにやら、子供の間でカブトムシが流行ってるんですか?ムシキング?1〜2話は見て、あとはたま〜に見る程度なんですが、あの世界設定ってどーなんでしょ?普通のカブトムシと一緒にヘラクレスオオカブトがいる世界。ペットショップかはたまた昆虫大図鑑?まあ、ちゃんと見てないのでなんとも言えないんですが。

◆今回シリアスになってしまったので、そーいうのはカンベン、っつー人はここでやめといて下さい◆
◆すいません。今、ウツ入ってて、ちょっとアレな文章です。◆

 草花で遊ぶ、というようなことで以前ちょこっとここにも書いたんですが、私、結構イナカの出な上に、親が更にイナカ出で、そういう、そこらに生えてるものだの生き物だので遊ぶっていうことを教えてくれたもので、子供の頃は昆虫や爬虫類ともオトモダチでした。
 それこそ、先週のムシキングでやっていたんですが、カマキリのタマゴ。あれも見つけては持って返ってエライ目にあったこと……いや、2度目からはベランダに保管しました。学習能力、あったんですねー、その頃は。カマキリって面白いですよね。卵から孵化したあと、すぐに脱皮するの。あんたら、なんのためにその姿で生まれてきたの?っていうぐらい、すぐ。そしてタマゴの下、スズナリのちっちゃいカマキリ。その後、カマキリの行列。あ、思い出したらちょっとカユくなってきた。
 蝶のサナギなんかも、枝ごと取ってきて羽化するのを楽しみにしてたこともあります。でも、ちゃんと蝶が出てくるのは半分くらい。あとの半分は、ハチが出てきます。ある日気が付くとサナギの背中に丸い穴があいててね、もうがっかり、という。
 セミの幼虫が地面から出てきているのを見つけると、イトコたちとしめしあわせて夜中に起き出して、羽化する瞬間を見に行ったりしてね。そういうときだけは親も見逃してくれて、夜中に出かけられて、セミがちゃんとセミになるまで、長いことその美しさに見とれていた。帰りにホタルが舞っているのを見て、まるで星が地面まで降りてきたようだと思って嬉しくなったり、逆にその儚さに夏は終わるのだという寂しさを感じたりもした。
 カミキリムシにホントに髪の毛切らせてみたり、オトシブミのタマゴみつけたり、アリジゴクつっついたり、まあ、今だったらいきものは大切に、とかいって怒られちゃうのかな。確かに、ムシだのカエルだのって、簡単に手に入れられて、そして、子供の手の中であんまりにもあっけなく死んでしまう。でも、そういう中でこそ学べるものがあったような気がするんだけど。生きていること、そして、生きているものは死んでしまうということ。何かが生きていくために死んでいく命があるということ。それはテレビの画面や絵本の中だけでなく、本当に身近に、すぐそこにあったものだからこそのリアリティをっもって。
 あの、夏に生きていたムシの子孫たちはまだあの場所で生きているのだろうか?それとも、もうせんに途絶えてしまったのだろうか。もし、途絶えてしまったのだとしても、それはきっと子供に採り尽くされたのでは絶対ない、と私は思っているのだけれど、どうなのかなあ。ねえ?どう思う?
 あの輝く日差しが傾くまで遊び続けた日々が返らないように、あの生き物たちも返ってこないのだとしたら、田舎の夏も、少し寂しいものになってしまっているのではないかな、と思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/05/14

あこがれのセーラースカーフ

seihuku1
 セーラー服ですよ。最近、都内ではなかなかみかけません。たまーに見かけたと思えば修学旅行の団体だったりね。で、私の高校時代なんですが、セーラー服でした。標準服ということで、入学式、卒業式、あとは修学旅行以外は着なくてもいい、という気楽〜な校則だったので、あまり着ませんでしたけどね。(厳密には修学旅行以外は着なくても怒られなかった)一応、持ってました。冬用だけ、一着。夏は着なくてはいけないイベントがなかったので、存在はしていたけど、私のクラスでは夏服持ってた女子は一人だけでした。これまたある意味すごいかも。でね、セーラー服。私のあこがれとしては、胸元で結ぶタイプのセーラー服。あれ。風になびくヒラヒラ、後ろ姿のセーラーカラーからちらりと覗く三角形。でなければ短いネクタイタイプのリボンのやつ。いーなー。憧れでしたよ。マジで。
 今回イラストにしてみたんですけど、私の母校の制服は、セーラーカラーの下、だいたい鎖骨あたりかな。そこにホックがついていてとも布のリボンをぽちっととめるだけ。味気ない、ですよ。ラクだったけど。でもさー、ひらひら〜ってして欲しいじゃないですか。せっかくのリボンなんだしぃ。
 まあ、私服オッケーだったので、ホント数えるほどしか着ませんでしたがね。ははは。
ちなみに中学はグレーの2ボックススカートに、白ワイシャツ、ブルーの細いリボン、春夏はグレーのカーディガン、秋冬は紺色のカーディガン。でした。私が卒業した後にグレーのブレザーが出来て、悔しかったのを思い出しました。だってさー、ださかったんだよー。特に春夏用のグレーのカーディガンがっ!しかし、寒い時などは上になにをはおってもよかったので、ある意味自由っぽくはありました。

 さて、アニメ感想も少し。

◆ケロロ軍曹◆
 杉田智和さんが出演!ということで今週のケロロ、注目してました。原作はコミックスで読んでいたので、どんなアレンジになって自販機がしゃべってくれるのかと思ったら……あれだけですか……。ひねるならひねるで、もうちょっと、あとひとひねり欲しかったなあ。
◆ビューティフルジョー◆
 1クールめ、すんごい楽しくて見続けていたんですが、2クールめに入ってちょっとパワーダウン?それなりに楽しんでみているんだけど、ジャドーとシルヴィアのほのぼのかけあいとか、すごく好きだったのに、そういうお遊びシーンが少なくなってちょい寂しいよ。
◆ガンダムシードD◆
 んーと、もうあまりついていけてません。惰性で見てます。ごめんなさい。シードを見ていなかったのが敗因だと思います。…たぶん、ね。

 今日、買い物ついでにハチクロのコミックスを衝動オトナ買い。1巻しか持ってなかったのを、2〜4の3冊まとめてゲット。レポートの合間のお楽しみにすることにします。…って、まだレポート終わってなかったんかい!>自分

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/05/06

草花で遊ぶ

50506
 なのはなさんのブログで思いがけず懐かしい木の写真を見て、そういえば小学生くらいの頃は木の葉や草などで遊んでいたことを思い出しました。
 えーと、ニセアカシアは当時、近所では普通に「アカシア」と呼ばれていました。母は「でも、これが本当のアカシアじゃないのよ」と教えてくれましたけど、ホントとウソってなんのことだか、当時の私にはよくわかりませんでした。あはは。で、遊び方。ほぼだ円形に近い葉の、枝の先の方にあるやわらかそうな葉を選んで唇にあて、右手の人さし指と中指で軽く押さえて息を吹きかけ音を出す。あんまりやりすぎると唇が痛くなるのと、木をつけて葉を選ばないと黒いアブラムシがついてることがあるのでそこんとこ注意。
 あと、スズメノテッポウの草笛、タンポポの水車なんかも定番。こないだお散歩してたらペンペン草(なずな)を見つけたのでペンペンさせてたら、私の飼い主はペンペン草の遊び方を知らなかったらしく、更にはそれがペンペン草だってこともしらなかったらしく、えらく感心してました。私よりイナカな育ちのくせにい。そういえばカヤツリ草でカヤ作ってみせたときもびっくりしてたし、スカンポもかじったことないらしい。子供の時、なにして遊んでいたんだろ?それとも私の方がヘンだったのかな?
 夏になったらオオバコ探して(こっちで見つかるかな?)オオバコ相撲を挑んでみよう。

 えーと、ラクガキをスキャンした後に文章を思いつきで書いたので、今日はラクガキと文にすんごいギャップがあります。ぺこり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/04/15

百合な思い出

 高校は共学だった。昔から女の子の集団ってなんか恐くて苦手だったので、親の反対にもメゲず共学校へ進学。制服はなく、(標準服としてセーラー服があったけど強制ではなかった。)自由な校風。私は部活や学校行事ばかりにうつつを抜かし、勉強はぜーんぜんな日々、そんな3年生の時の思い出。春、新学期、もちろん部にも新入生が入ってきた。その中に彼女がいた。くるんくるんの巻き毛を頭の左右にわけて結わえていて、おめめパッチリのいわゆるカワイイ子だった。部活で見るかぎり、性格もかわいらしく、子供っぽさはあるものの、まあ、下級生としては許せる範囲だった。そんなだったから上級生の男子から人気もあって、というか、もてていた。が。ある日そのコが言った。
「私、先輩が好きなんです。」
 先輩っつーのは私のことだ。なんでよ?なんで私よ?
 女子高に進学した友人からは、そういうようなこともないではない、というような話は聞いていた。しかしここは共学で、部活も文科系で男子部員もいた。しかも近隣の女子高からはうらやましがられるくらい男子生徒の質が高いということでも有名だった学校だったのに。
 「ねえ、先輩、キスしてください」
私は彼女を振払い、部室を飛び出した。
 今ならもう少しマシな対応が出来ただろうか。
その後、彼女の先輩であるということで、何人かの同学年の男子から、「あのこ、彼氏とか、好きな人とかいるのかなあ?」というような相談をうけたりもした。私は、「本人に聞いてみてよ。私はしらないよ。そんなこと」というしかなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/04/05

春の遊びの思い出

 小学生の頃、雪が消えた土手にやわらかそうな草が伸びだし、つくしだのおおいぬのふぐりだのが日当たりの良い斜面に目立ちはじめるころ。田んぼにはまだ水が入っていなくて、レンゲやスズメノテッポウなんかが育っていく、そんな時期、子供だった私と妹、そして仲良しだった数人の子供たちは家からそうはなれていないその土手へお弁当やお菓子をもって小さなピクニックへでかけるのが楽しみだった。
 毎年場所は決めていて、土手の脇には田んぼへ水をひくための用水路があり、U字溝なんかで固定されていなかったからザルですくうと小魚にまざってフシギな生き物が色々ひっかかってきた。用水路はすぐそばの大きな川から水がそのままひかれていたので、ごくたまには紛れ込んだハヤなんかも泳いでいた。私たちはその脇の土手に座って、おやつを食べたり、絵をかいたり、タンポポの水車やシロツメクサの花を摘んで首飾りをつくったりしてふゆから春へ変化する空気を直に感じ、楽しんだ。
 日が西に傾く前に、風のつめたさが時間を教えてくれた。
私たちは子供だけの小さなピクニック(当時は冒険だと思っていた)を片づけ、あたたかいそれぞれの家へ帰り、そしてそれぞれの親に今日の冒険を若干の脚色をつけて報告し、オミヤゲと称してひとつかみのツクシや塔の立ち過ぎたフキノトウなんかを渡して親を困惑させた。

 今日位はそれらしいホノボノラクガキをがんばって描こうとしたんですが、思い立ったのがついさっきだったのでいつもどおり……計画性、ないなあ。

50405

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/03/06

オロナインの思い出 2

で、続き。

鍵を開けてくれた先生は、しかし、そこではただの
オヤジでしかなかった。どこになにがあるのかも
わからない。
 それでも、保健の先生の机の上には普段よく使う
消毒薬などは出してあったので、オヤジ先生は、
その中から消毒薬を選び出し、中学生の私から見ても
あぶなっかしい手つきで消毒をし、それから、オロナイン
軟膏のビンをみつけだし、
「おお、これがあるか」
と、安心したような声で私を不安にさせた。そして。
 オロナインを私の親指に塗った。
 傷は深かった。
 先生は躊躇せず、私の傷をオロナインで塗り込めた。

オロナインといえば、お母さんの優しさ、である。
 私の中での位置づけは「あかぎれ、しもやけ、手あれ」に
オロナイン、のオロナインである。
 更に不安を確定させるように、先生はオロナインをたっぷり
ぬりつけたガーゼを傷口にあてがい包帯でそれを私の指に固定させた。
どうも、器用ではないようだったが、先生は包帯が「はずれない」
ように、「しっかり」まきつけた。
私と友人は先生にお礼をいい、家に帰った。
帰宅し、ぐるぐるまきの右手を母に見せると、母は救急箱
からオロナインを取り出し、
「大丈夫でしょ。ほら、ここ(効能書)に、きず、って書いてある」
と、私に見せた。たしかに、書いてあった。
 学校も母親も、おおらかだったのか、その話はそれでおしまい。
 今とは違って、先生は間違ったことを(そうは)しない、と
思われていた時代でもあった。
だいいち、しばらくキズアトは残ったものの、その手当で傷は完治した。
 オロナインってすごい、という思いは私の中に根強く残った。

昨日、私は大根といっしょに右手中指をスライサーでそいでしまった。
消毒後、わたしはオロナインを塗り込んだ。
中学校の保健室の情景が思い出された。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧